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田母神俊雄が憂国激白60分「強い自衛隊が中国の侵略を抑止する」(3)日本は衰退途上国だ
 太平洋戦争終結から78年が経過した。この間、日本人は自国の防衛を他国に委ねて経済活動に邁進してきた。一時は世界トップクラスの経済力を持ったが、平成以後、経済力は衰退の一途をたどってしまった。この裏にはアメリカによる日本経済弱体化があるが、多くの国民はこの事実に気づいていない。...
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吊り上げたのは軍縮の棚ボタ? クレーン船「蜻州丸」 旧陸軍と海軍が手を取り作ったワケ
作業船の一種に、重量物を持ち上げるクレーンを装備する「起重機船」があります。旧日本陸軍は、かつて「蜻州丸(せいしゅうまる)」という起重機船を持っていたのですが、なぜ陸軍がそんなフネを必要としたのでしょうか。陸軍の重要ミッションに特化した船の誕生 河川や湖沼、海岸で各種工事などに使用する作業船のなかで...
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“知事”萩原聖人と“県職員”吉岡里帆が美しい海を見つめ何を想う—映画『島守の塔』本編映像解禁
俳優の萩原聖人と村上淳がダブル主演する映画『島守の塔』より、萩原演じる島田知事と吉岡里帆演じる凜とのやり取りを収めた本編映像が解禁された。 本作は、約20万人が犠牲となった太平洋戦争末期の沖縄戦の中で、なお「生きろ!」と後世に一筋の希望を託した2人の官僚と沖縄の人々の物語を、沖縄本土復帰50周年の節...
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最強戦闘機ながら最後は特攻機にも「疾風」現存唯一機の“ウワサ”吹き飛ぶ 保存状態ヨシ!
太平洋戦争後半に旧陸軍が使用した四式戦闘機「疾風」。3000機以上造られた同機も、現在残る機体は鹿児島県で展示されるただ1機だけだそう。それだけのレア機、今年3月に調査報告書が出て、良好な保存状態であることが確認されました。大戦末期に完成した「疾風」 鹿児島県の薩摩半島南部にある南九州市には、日本の...
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三回忌で納骨の三浦春馬さん、ファンの不満が収まらないワケ
20年7月18日に急逝した俳優の三浦春馬さんの三回忌を18日に迎えたが、三浦さんが出演した、昨年公開の「映画 太陽の子」が、8月5日に東京・渋谷のシダックス カルチャーホールにて特別上映(有料上映)されることを、一部メディアが報じた。 同映画は、太平洋戦争末期に存在した「F研究」と呼ばれる、日本の原...
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「中国のキャパ」がよみがえった
 表紙の写真が強烈だ。1人の兵士が戦場で狙撃され、膝を屈して崩れ落ちている——本書『沙飛:〈中国のキャパ〉と呼ばれた戦場写真の先駆者』(平凡社)は、この兵士を撮影した中国の写真家、沙飛(1912〜1950)についての評伝だ。??「忘れられた写真家」 この写真が撮影されたのは、1940年冬、中国・山西...
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なぜ高速を追求したのか 駆逐艦「島風」進水-1942.7.18 実戦で俊足は活かされた?
旧日本海軍の駆逐艦「島風」が1942年の今日、進水しました。「島風」は公試で最高速力40.9ノットを記録し、俊足だったことで知られます。なぜ旧海軍は高速を追求したのか、そして実戦ではどうだったのでしょうか。「水雷戦隊」の戦い方 1942(昭和17)年の7月18日は、旧日本海軍の駆逐艦「島風」(2代)...
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羊かん以外の名物も 給糧艦「間宮」が竣工-1924.7.15 艦影で将兵みな大歓喜!
羊かんやアイスだけでなく豆腐、こんにゃくも作ります!甘味だけじゃない、精肉加工もできた「間宮」 1924(大正13)年の7月15日は、旧日本海軍の給糧艦「間宮」が竣工した日です。給糧艦とは、洋上にいる艦艇や前線の基地などへ食糧を補給するための支援艦で、現代では補給艦と呼ばれることもあります。...
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海自US-2の祖先 九七式飛行艇が初飛行-1936.7.14 国産大型機の先駆 戦前航空技術の極み
7月14日は日本が独自開発した大型機の九七式飛行艇が初飛行した日。当時の航空機としては驚異的な高性能を誇った同機は、太平洋戦争の始めから終わりまでひたすら飛び続け、さらに今日の海上自衛隊飛行艇の始祖にもなりました。軍縮条約の締結が開発の契機 1936(昭和11)年の7月14日。...
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安倍元総理は硫黄島の飛行場の滑走路で、突然ひざまずき、手を合わせた。 私には何が起きたか、分からなかった。 〜前統合幕僚長・河野克俊
第2次安倍政権で自衛隊統合幕僚長を務めた河野克俊氏が7月12日(火)、ニッポン放送『飯田浩司のOK! Cozy up!』に出演。第2次安倍政権での安倍晋三元総理大臣について語った。遺骨収容現場で遺骨に向かって祈る安倍晋三首相(左から2人目)ら。...
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