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金正日は真夜中に鹿を撃つアントニオ猪木をこっそり見ていた…平壌市民38万人を集めたプロレス興行秘話
 昭和のプロレス界を牽引したアントニオ猪木さんが、10月1日に79年の生涯に幕を閉じた。レスラーとしての活躍はもちろん、国会議員や実業家としても数々の逸話を残した猪木さんは、とりわけ“北朝鮮”に熱い思いを抱き続けていた。なかでも、1995年4月に平壌で開催されたプロレス興行は“伝説”として語り継がれ...
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アントニオ猪木さんが闘病中に漏らした弱音と本音 「神様なんて、本当にいるんでしょうかね」
「燃える闘魂」アントニオ猪木氏が10月1日、死去した。弱冠29歳で立ち上げた新日本プロレス創設からちょうど50年。奇しくも、前日の9月30日は、1960年にプロレスデビューした日にあたる。以後、半世紀以上にわたって第一線に立ちながら、政界にも進出し、参院議員を2期12年務めた。...
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コビーが「初代ドリームチームに勝てる」と豪語。数々の新記録を樹立したロンドン五輪アメリカ代表の軌跡【五輪史探訪】<DUNKSHOOT>
2004年のアテネ五輪で惨敗し、失墜したアメリカのプライドを取り戻したのが“リディームチーム”だった。2008年の北京五輪で頂点に返り咲くと、2012年のロンドン五輪にもアメリカはオールスターキャストで参戦。コビー・ブライアント曰く「ドリームチームに勝てる」ほどの豪華メンバー...
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“初代ドリームチームの衝撃”から4年。シャックら豪華メンバーが「テロの恐怖」とも戦ったアトランタ【五輪史探訪】
バルセロナ五輪での“初代ドリームチームの衝撃”から4年。自国開催となった1996年のアトランタ五輪では、コート外での大事件こそあったものの、豪華メンバーを揃えたアメリカ代表は他国を圧倒し金メダルを勝ち取った。しかしこの大会以降、アメリカに対するトニー・クーコッチの&ldquo...
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カーターの“人間越えダンク”が飛び出したシドニー五輪。しかしこの大会は、4年後に起こる悪夢への序章だった
ヴィンス・カーターの人間越えダンク——。シドニー五輪と聞いて、バスケットボールファンが真っ先に連想するのはこのプレーだろう。それほどインパクトが強かったのは事実だが、アメリカ代表が不甲斐なかったことも、その印象のみを先行させている理由のひとつだ。決勝トーナメントでは苦戦に次ぐ苦戦。世界のバスケットボ...
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「健康を最優先にすべきだ!」スペイン・サッカー連盟が東京五輪開催延期を要請! IOC副委員長に直談判
 現地時間3月21日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、スペイン・サッカー連盟(RFEF)は、今年7月に開幕予定となっている東京五輪の延期を要請する旨の声明を発表した。 周知の通り、いま全世界で新型コロナウイルスが猛威を振るっている。ヨーロッパでも感染者が急増しており、とりわけスペインでは21日時...
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