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ハワイ王国が終焉(1893年1月22日)
 ハワイ王国は1795年から1893年にかけてハワイ諸島に存在していた王国です。 かつてハワイ諸島には太平洋を渡ってやってきたポリネシアの人々が住んでいました。島々を統一するような王国はなく複数の大族長が各島を統治していました。しかし、1778年に大英帝国海軍のジェームス・クックが第3回航海でハワイ...
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1月12日に行われた日米の外務・防衛の閣僚協議「2プラス2」では、日本政府が昨年末に決定した国家安全保障戦略(防衛3文書)で保有を決めた、「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の運用に向けて協力を深めることなどが合意された。個別の合意事項について解説する報道が充実している割に、今回の2プラス2が日米同盟やア...
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ゼレンスキーとチャーチル。アメリカを動かすために必要なこと
12月21日、ウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカを電撃訪問しました。今回の訪米を受けて、ペロシ米下院議長は各国会議員に宛てた書簡で、このように述べました。「1941年12月、ウィンストン・チャーチルはアメリカ議会を訪れ、ヨーロッパで起きている戦争への支援を呼び掛けました。...
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《18年ぶりの祖国の地》単なるミリオタじゃない「平和な未来のために」旧日本軍九五式軽戦車を取り戻した有志の“血とカネ”
 甲高いエンジン音が、やがて勇ましい低音へと変わっていく。港で荷揚げされたコンテナの中から、1輛の戦車が姿を現した。キャタピラがゆっくりと回転するにつれて、冬の冷たくすんだ日差しの中にその威容が照り映える。人の背丈よりも少し高いくらい、戦車のイメージよりずっと小柄な姿のそれは、しかし無駄を省いた端正...
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日本にキター! 貴重な技術遺産「九五式軽戦車」20年ぶりの再来日に密着 操縦手の思いは?
今から四半世紀ほど前に造られた旧日本陸軍の九五式軽戦車が再び日本に戻ってきました。一度はイギリス人コレクターの手に渡ったものの、NPO法人がクラウドファンディングで買い戻したそう。その様子をレポートします。...
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ハワイ真珠湾攻撃が失敗したかも!? 旧日本軍・大本営が震撼 民間旅客機墜落事件の顛末
太平洋戦争勃発直前の12月1日、戦う前にアメリカやイギリスに作戦計画が漏れる危機がありました。なんと支那派遣軍総司令部の作戦命令書を乗せた航空機が台湾を離陸後、中国国民党政府の勢力圏付近で消息を絶ってしまったのです。上海号が消息を絶ち大本営も大慌て 1941(昭和16)年12月8日といえば、旧日本海...
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「黒い怪鳥」の先祖? 戦略偵察機の先駆け「一〇〇式司偵」イギリスでは最大の賛辞も
1937年に登場した九七式司令部偵察機は、当時では画期的だった偵察専用の機体として開発され、後継である一〇〇式司令部偵察機と共に、現代の戦略偵察機の先駆けとなった機体です。これらが生まれた経緯と上げた戦果を振り返ります。現在の偵察機のルーツになった機体? 11月30日はオートフォーカスが発明されたこ...
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空母「瑞鶴」進水-1939.11.27 真珠湾からレイテまで、機動部隊を支えた大型艦
旧日本海軍の大型正規空母「瑞鶴」が1939年の今日、進水しました。「瑞鶴」は太平洋戦争開戦の契機となった真珠湾攻撃に参加した空母のうち最後まで残った艦であり、ゆえに多くの海戦に主力として参加しています。姉妹艦「翔鶴」と五航戦を編成 1939(昭和14)年の11月27日は、旧日本海軍の航空母艦「瑞鶴」...
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「長門」型戦艦は大改装後も世界最強だった? スペックでは米英の次世代艦に勝る部分も
日本の長門型戦艦は世界で最初に41cm砲を採用した戦艦で、旧日本海軍の象徴でした。ただ長門型戦艦も就役時はともかく、第2次世界大戦直前、すなわち1935年ころはどうだったのでしょうか。大規模改装後の実力を見てみます。大改装で主砲塔は「加賀」のものを転用 いまから100年ほど前の1920(大正9)年1...
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国産初の超ド級 戦艦「比叡」の進水日 旧海軍の黎明期 金剛型2番艦 -1912.11.21
大正期の巨大戦艦建造のパイオニアでした。大正期の巨大戦艦建造のパイオニア 今から110年前の1912(大正元)年11月21日。旧日本海軍の戦艦「比叡」が進水を迎えました。 旧海軍の歴史で、「比叡」は重要な意味を持ちます。日本が自らの手で作り上げた次世代の巨大戦艦、いわゆる「超ド級戦艦」であるのです。...
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