本文へジャンプします。

検索結果一覧へジャンプします。



空母「瑞鶴」進水-1939.11.27 真珠湾からレイテまで、機動部隊を支えた大型艦
旧日本海軍の大型正規空母「瑞鶴」が1939年の今日、進水しました。「瑞鶴」は太平洋戦争開戦の契機となった真珠湾攻撃に参加した空母のうち最後まで残った艦であり、ゆえに多くの海戦に主力として参加しています。姉妹艦「翔鶴」と五航戦を編成 1939(昭和14)年の11月27日は、旧日本海軍の航空母艦「瑞鶴」...
別窓で開く

「長門」型戦艦は大改装後も世界最強だった? スペックでは米英の次世代艦に勝る部分も
日本の長門型戦艦は世界で最初に41cm砲を採用した戦艦で、旧日本海軍の象徴でした。ただ長門型戦艦も就役時はともかく、第2次世界大戦直前、すなわち1935年ころはどうだったのでしょうか。大規模改装後の実力を見てみます。大改装で主砲塔は「加賀」のものを転用 いまから100年ほど前の1920(大正9)年1...
別窓で開く

「黒船襲来」2度目は白くなっていた 知られざる「白船来航」米国大艦隊が明治日本に来たワケ
江戸時代後期に日本に来航したペリーの「黒船」。それから半世紀後にアメリカ艦隊が再び日本へやってきたことはあまり知られていません。東京湾に入ってきた27隻の白い米国軍艦のワケと日本の対応についてひも解きます。...
別窓で開く

戦艦+空母を実現 戦艦「伊勢」の進水日 -1916.11.12 “二刀流”は最強だった?
太平洋戦争で"スーパー戦艦"として変身しましたが…扶桑型に次ぐ超ド級戦艦 今から106年前の1916(大正5)年11月12日。旧日本海軍の戦艦「伊勢」が進水しました。「伊勢」は大正期に建造された戦艦のうち、河内型、金剛型、扶桑型に続く「伊勢型」の1番艦です。...
別窓で開く

戦艦唯一の生き残り「長門」の進水日 大正期の"日本の誇り" -1919.11.9
「大和」の誕生まで、最強クラスの旧海軍戦艦でした。河内型から数えて第5世代 今から101年前の1919(大正8)年11月9日。旧日本海軍の戦艦「長門」が進水を迎えました。「長門」は大正期に建造された一連の日本戦艦の最終型といえる長門型のネームシップ、すなわち1番艦です。...
別窓で開く

戦艦「山城」が進水した日 日本に誕生した「超ド級」2番艦 -1915.11.3
36cm主砲を6基12門搭載した、当時最強と言われた戦艦でした。1番艦「扶桑」の欠点を改めた準同型艦 今から107年前の1915(大正4)年11月3日。旧日本海軍の戦艦「山城」が進水しました。「山城」は扶桑型戦艦の2番艦。扶桑型は、先行して建造された金剛型巡洋戦艦と砲身長や口径こそ同じ45口径35....
別窓で開く

"改・最上"の盟友 重巡洋艦「鈴谷」「熊野」が竣工した日 -1937.10.31
同じ日にデビューし、戦地でも共に行動した2艦でした。対外的には「軽巡洋艦」として建造 今から85年前の1937(昭和)年10月30日。旧日本海軍の重巡洋艦「鈴谷」「熊野」が進水しました。 両艦は、旧日本海軍の重巡洋艦としては"第5世代"にあたる「最上型」の3番艦と4番艦です。...
別窓で開く

軽巡洋艦「五十鈴」が進水した日-1921.10.29 対空・対潜の二刀流は旧海軍随一か?
艦名の由来は三重県の伊勢神宮に関係しているそう。対艦、対潜、対空、さらには物資や兵員の輸送まで奔走 今から100年あまり前の1921(大正10)年10月29日。旧日本海軍の軽巡洋艦「五十鈴」が進水しました。 同艦は駆逐艦を多数率いて戦う「水雷戦隊」の旗艦として運用するために建造された「軽巡洋艦」の1...
別窓で開く

戦艦「武蔵」の乗組員が経験した“二度目の沈没” 沈められた徴用船「さんとす丸」 生存者のその後
日米開戦に向けて徴用された多くの民間商船。その中の1隻「さんとす丸」は、レイテ沖海戦で沈んだ戦艦「武蔵」の生存者を本土に輸送するはずでした。でも結局、同船も沈みます。二度も海に投げ出された「武蔵」乗員の道程を振り返ります。移民を運んだ南米航路の貨客船 太平洋戦争開戦に伴い徴用された多くの民間船は、仮...
別窓で開く

レイテ沖海戦「謎の退却」がなければ日本は勝てた? 何が待っていた? 太平洋戦争最大の“もしも”
史上最大の海戦といわれることもある太平洋戦争の一大戦「レイテ沖海戦」。旧日本海軍はこの戦いでアメリカ海軍を打ち負かすことはできたのでしょうか。そもそも、作戦目標とされたレイテ湾突入は可能だったのか考察してみます。...
別窓で開く


[ 太平洋戦争 レイテ ] の関連キーワード

太平洋戦争 真珠湾 レイテ 五十鈴

<前へ12345次へ>