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世界唯一の保存機「九七式戦闘機」があえて無塗装なワケ 甦る“東洋一の飛行場”の記憶
太平洋戦争末期、零戦などの旧海軍機とともに、陸軍航空隊所属の戦闘機も多くが特別攻撃で用いられました。その中には、戦前に開発・配備された固定脚の旧式機である九七式戦闘機も含まれていました。博多の海から引き上げられた激レア機 福岡県にある筑前町立「大刀洗平和記念館」で、2022年7月よりユニークな先尾翼...
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生産数国内第4位! 旧陸軍「九七式戦闘機」初飛行-1936.10.15 ノモンハン事件等で奮闘
福岡県の筑前町に貴重な実物が現存しています。日中戦争やノモンハン事件などで多用された軽戦闘機 1936(昭和11)年の10月15日、中島飛行機(現SUBARU)が開発した九七式戦闘機が初飛行しました。 旧日本陸軍向けに1930年代後半に開発された機体で、初飛行の翌年、1937(昭和12)年に採用され...
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デカい大砲は鉄道で! 日本軍も作った「列車砲」の使いみち 東京から牛久大仏狙える!?
自動車や馬で牽引・運搬する大砲よりもはるかに巨大かつ大威力な列車砲。よく知られるのは陸続きのドイツやフランス、ロシアのものですが、我が国にもありました。日本のものはどこで造ったのか、そして実戦投入はあったのか見てみます。20世紀初頭の戦略兵器 列車砲 現代戦には必須ともいえる野砲。...
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失脚覚悟の決断! ユダヤ難民2万人を受け入れ続けた樋口季一郎
2万人ものユダヤ難民を満州国に受け入れた樋口季一郎。「世界で最も公正な人物の一人」とまで称された樋口だったが、ユダヤ人を受け入れる決断には、陸軍内での地位を失うことへの覚悟が必要だった。産経新聞論説委員の岡部伸氏が、樋口本人や家族の記憶から、樋口がユダヤ難民救出を成功させるまでの勇敢な行動について語...
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戦国時代は応仁の乱からではない!? 日本史の分岐点となった7つの出来事を最新の学説をふまえて紹介
 「あのときああしていれば、自分の人生は確実に異なっていただろう......」。そんな人生のターニングポイントは誰にでもあるもの。そしてそれは"歴史"にも言えます。 歴史には、「『新しい流れ』をつくる決定的な出来事が必ず存在する」と言うのは『教科書の常識がくつがえる! 最新の日本史』の著者・河合 敦...
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